~ 前半の概要 ~

大学時代を経て視野が広がっていくにつれ、少しずつ「私も社会の一員である」という実感が湧き始めました。

そうして、大勢の人々のおかげで私の生活、ひいては私の人生が成り立っているということが分かり始めると、「社会の一員として、私は誰かのため/社会のために何ができるのだろう?」という疑問が生まれました。

私なりに悩んだ結果、2つの考えが浮かんできました。

前半では、「これまで支えてくれた大人たちに対して何ができるか?」という疑問への私の意見

私がひたむきに頑張る姿を示すことが、先駆者たちの生きる希望や更なる活躍のモチベーションになるのではないか……ということをお話ししました。

ここまでが前半の概要です。

さて、「私は誰かのため/社会のために何ができるのだろうか?」という疑問に対する私の2つ目の考えは、

【私が今頑張ることで、同じ時間を歩む人や後に続く人たちの進む道を一つ開拓することができるのではないか】ということです。

大学2年生のときに体調を崩してから、単位を落としたり留年したりしてしまうような、さまざまな困難がありました。

そして、卒業論文を書こうという時期になって、私はドクターストップにより大学のある県を離れ、実家に戻ることになってしまいました。

しかし、そのような状況でも諦めず、担当教員の手厚いサポートもあり、どうにか卒業論文を提出することができました。

そのとき担当教員からもらったメールには、こう書かれていました。

「星見さんと同じく、身心の問題を抱える在校生にとって、この卒論はひとつの希望となることでしょう」

正直なところ、私は自分が書き上げた論文について、あまり肯定的な評価を下していませんでした。

自分が思い描いていたような出来に至らなかったというのが大きな要因です。

しかし、そのメッセージを見たとき、私は自分の論文の存在意義について考えを改める必要があると思いました。

私が(関係者の協力を得て)苦労して切り開いた道を、今後誰かが歩むことがあるかもしれない……

その時、きっと私の成功や失敗が、その人の行動の指針となるだろう………

そう思うと、とても報われたような気持ちになります。

大学卒業後、多くの同輩たちと同じように就職するということは叶いませんでしたが、今はご縁があって亜久さんの下でアシスタントとして働いています。

さまざまな仕事を受け持っていますが、最も多いのは文章の読み書きや本の出版に関わる仕事です。

つい最近、友人の知り合いから「文章に携わる仕事について聞きたい」という要望を受けて、簡単な資料を作成しました。

その際、私が「就職活動を経て出版社に勤めているわけではないんだけど、参考になるかな?」と尋ねたところ、友人に「そういう人だからこそ、君にお願いした。いろいろな道があることを示してやってほしい」といわれました。

そのようにいわれて、私は自分の卒業論文のことを思い出しました。

世の中には“普通”と呼ばれるもの、“普通”と呼ばれる道があります。

たとえば現役で大学に入学し、4年制大学を4年で卒業し、その間に就職活動を成功させて、大学卒業後には会社で働く……というような道は、大卒者には“普通”と呼ばれる道です。

しかし、さまざまな理由で大学に進学しない人、浪人や留年をする人、大学に在籍しながら他大学への入学を志す人、在学中に就職活動をしない人、在学中に就職活動が実らなかった人、自分で起業する人などが実際に多く存在し、無数に分かれたそれぞれの道を人それぞれが歩んでいることを考えると、“普通”とは何なのか分からなくなってきます。

自分らしく、自分のペースで生きようと思うなら、“普通”の道とは何なのか、考える必要/考える価値などないのかもしれません。

もちろん、常識や世間体といったものも“普通”のうちに含まれるものですし、それが重視される社会においては、まったく考慮しなくて良いものだとは思いません。

ただ、“普通”であらねばならないという過度の思い込みだったり、“普通”ではない存在は異常者であり排除すべきといった危険な思想に行き着いてしまったりする可能性もあるため、あまり“普通”に囚われすぎてもいけないと思います。

少し脱線してしまいましたが、結局何が言いたいかといいますと、
「“普通”ではないのに生きている存在」になれたら、同じく“普通”の道から逸れてしまった人々を勇気づけたり、注意を促したりして手引きすることができるのではないか、ということです。

どこにでも経験して初めて分かることがありますが、どの道に進むかを選ぶとき、全部をお試し体験してから選ぶということはできません。

自分の意思とは関係なく、突然荒波の中に放り出されてしまう場合もあります。

もし、私が切り拓いてきた道が誰かの目にとまり、そこを進んでみようと思う人が現れたら、私は精一杯自分の体験したことについてその人に伝えたいと思っています。

そのためにも、私は自分のやってきたことや考えてきたことをなるべく記録に残すようにしています。

この成長記もその活動の一環です。

長くなりましたが、まとめると

私のような非力な若者も、社会の一員として社会に支えられ、社会に貢献しながら生きています。

その中でさらに、誰かのため/社会のためにできることを挙げるとするなら、

頑張る姿を周囲に示すこと、自分なりの道を切り拓いていくことではないでしょうか。

今回のお話しは、私の決意表明でもあります。

亜久さんがいつも皆さまにもお伝えしているように、全体のためになるよう、これからも頑張っていきたいです。

ここまで読んでくださって本当にありがとうございます。

星見